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「やア、その節はいろいろと……」

好きになりましたよと言い掛けた途端、発車のベルが鳴り、そして汽笛の響きが言葉を消してしまった。

細木がうなだれてはいつて来る。

かくて歴史科学的概念はその概念構成の過程に於て価値的――文化価値的――であることを特色とする。処が之に反して自然科学的概念は没価値的である。何となればこの概念は、価値に対して意味を有つが故に選択され構成されるのではなくして、単に普遍的であるというだけの理由から――強いて云うならばそういう価値の故に――成立するのであるから。歴史科学はこの意味に於て云わば人間的であり自然科学は之に反して人間的ではない、とも云えるであろう。蓋し価値は常に人間によって評価されることを絶対に必要とするから。自然科学に於ては、そこに発見されるであろう個別化――それは量的であった――と雖も没価値である。

ウサギノハイツタカゴヲモツテヲリマシタ。

更に不利な運動概念は前後相承Nacheinanderに帰着する諸概念である。例えば意識概念は多く之に帰着するのが常である。意識は一つの流れに、波紋に、円錘に、譬喩されたであろう。無論このような譬喩は意識を説明するには適切であるであろう。けれども問題はかく譬喩されるようなこの概念を今の場合、即ち相互決定に基く運動の場合、にまでも及ぼして好いか好くないかである。尤も意識はそれを単に前後相承と呼ぶだけでは云い足りるものではないと云われるかも知れない。けれども例えば之を時間的持続として性格づけるならば、そのような時間的持続は正に前後相承の概念である。其はたかだか創造しつつある処の独存的概念であって、他からの決定を媒介とする今の運動を之によって理解することは、無論望みないことである。それであるから前後相承の概念――その代表的なものは或る意識概念である――によって今の運動を説明しようとすれば、茲にも亦性格の中庸化が指摘されずにはいないであろう。

*Einstein-berdiespezielleunddieallgemeineRelativittstheorie-及びzurElektrodynamikbewegterKrper参照。

三宅やす子さんも入らした。加藤弘之先生の許に居らるる時分から素ばらしい手を書いたが、今はペンの外お用いにはなるまい。

「蓄音機さ」

劉逢祿の書序述聞には

冬菜脈はこんなにたしかですわ……お苦しい?

手続きから考え方への方法概念のこの運動は何を意味するか。併し考え方とは何であったか。最も直接にはそれは着眼である、着眼は出発の仕方を規定する、出発の仕方は問題の提出の仕方に他ならない。一定の仕方に於て問題が提出される時、その問題の先々の取扱い方はその原理に於て已に決定されていなければならない。或る意味に於てその問題の解決は予定されているであろう。例えば人間という概念を生物学的に問うならば人間は一つの動物として解決される他はあり得ない。であるから考え方は実は理論の行く先々の整合を已に予定しているのである他はないであろう。併し整合をそれだけ独立に取出して見るならば、それは組織の概念でなければならない。そして組織は一つの体系概念――但し之は此迄の成果としての体系ではない――ではないか。故に、方法概念が行なう筈であった先の運動は、体系概念への運動に外ならなかったのである。事実、考え方としての方法は、予めその考え方が組織立てられた上で、初めて成り立つことが出来るであろう。方法がこの意味に於て常に体系であると考えられるのは必然である。――之は方法概念がそれ自身に於てそれ自身に向う処の運動ではある(手続きよりも考え方の方がより多く方法らしくはないか)、而もそれは同時に方法概念ならぬ体系概念への運動に他ならない。而も之に並行して体系概念は益々それ自身へ向って運動したであろう(成果よりも組織の方がより多く体系らしくはないか)、そしてそれが同時に方法概念への運動に他ならないことを、人々は類推してよい理由がある*。事実、体系概念――それは組織である――は、やがて、組織するという一つの方法概念であると考えられるのが常であるであろう。

今日

荷物を先に受け取って、それから窓にしがみついた女の腕を、白崎はひきずり上げた。びっくりするような柔かい感触だった。
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